日本の秘密結社・立川流。
「立川流」と漢字で書くと、落語好きな人なら、立川談志がはじめた落語の流派を思い浮かべるかもしれません。
しかし、これはタテカワリュウではなくて、タチカワリュウと読みます。
洋の東西を問わず、宗教のなかには、性的色彩のきわめて濃いものがよくありますが、立川流もそのひとつ。
北条氏が執権をつとめていた時代、山伏たちの修行の場として知られた京都伏見の醍醐山に、弘真という学僧がいました。
戒律を守ること固く、学殖も深かったため、天皇の帰依を得て、まもなく東与の長者(僧の長)にまで昇りました。
ところが、しばしば宮中に出人りしているうちに、堕落して肉欲におぼれ、妻帯までしました。
それとともに、彼は、真言密教と陰陽巡を混ぜ合わせた猷びな教義をうち立て、それを弘法大師の承伝として、普及に努めはじめました。