ラズール刺繍とならんで、レリーフの刺繍もこの頃からさかんになりました。
レリーフにするには木綿やリネンの紐を地布にあらく刺し、その上に金糸をカウチングします。
このように刺繍に立体感を求める傾向は、やがてリネンの糸屑や木彫りを入れたり、漆でかためたりする手法も加えて、十七世紀の後半にはあのスタンプ・ワークと呼ばれる彫刻的刺繍を生み出すことになるのです。
ひとこと刺繍といっても、さまざまな種類があり、歴史もありで、なかなか面白いです。
しかも昔の刺繍は意外とレベルが高いですよね。
現代に負けず劣らずの技術なのでは?と思いました。
当時のパリとフランス王家はイギリスとの戦いで疲れはてていたましが、ディジョンに都を持つ分家のブルゴーニュ公国は、北イタリアからネーデルランドへの経済の大動脈をおさえ、日の出の勢いでした。
ラズール刺繍のみごとな一例。
女性は聖バルバラと言い、キリスト教の聖女なのだが、実は「聖マリアの外套」と言われている法衣の一部にすぎません。
プルゴーニュの殿様は宮廷の騎士たちを集めて金羊毛騎士団というはなやかな宗教的クラブをつくっていましたが、この法衣を含めた当時の装飾美術の最高傑作を教会に寄進しました。
これらの作品は赤ビロード地に金糸、真珠、トパーズ、サファイア、それに赤・青みがかったバラ・茶赤・カルミン・真紅・董・灰茶などの絹糸で、スプリット、フラット、カウチングなどの手法をたくみにつかったラズールの刺繍画でした。
西洋の刺繍はこれからあと、それぞれの時代の特色を持つすぐれた作品を生み出していきますが、このブルゴーニュの装飾美術はこうした服飾品だけでなく、軍旗などに刺された紋章の豪華なデザインをも生み出しました。
金糸と絹糸をたくみにとり合わせるようになったのは十二世紀の頃でしたが、十三世紀になると、金糸を下地としてつかい、絵画的な効果を出す部分にはつやのある絹糸を用いるようになりました。
そうしてさらに、一四〇〇年頃には下地の金糸がすっかりかくれるほどに、影をあらわす部分に絹の色糸をカウチングするラズールという手法が完成したわけです。
こうすれば、金糸のあらわれる部分がよけい輝きを増すことになります。
この手法は十四世紀から十五世紀に華麗な装飾美術の花を咲かせたブルゴーニュ公国でもっとも栄えたそうです。
金糸刺繍には、もっとも経済的なカウチングが必要でした。
地布の上に金糸を平行に並べ、端ではおさえて刺し、表面は絹糸でとめます。
その際、針を左手に持ち、地布の裏側から刺します。
それから右手で金糸の上に渡し、同じ針穴に再び刺します。
この方法のほかに、金糸を地布に沈ませるカウチングの手法もあります。
地布を刺す金糸のとじつけステッチの一針ごとに、裏側でリネン糸にからませます。
この手法は今日のイスタンブール、昔のコンスタンティノープルを中心とするピザンツ帝国とシチリア島の金糸刺繍や中世イギリス刺繍に用いられました。
金糸刺繍にハンマーがつかわれ、それほどかたい金糸は彫金に似た効果を生みました。